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【コラム】まだまだ活躍の場が多い日本の瓦

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 ひとくちに瓦といっても日本国中探してみると実に種類が多く、色合いや焼き方・はたまた産地など種類でいえば軽く1000種類は超えるようである。なかでも棟の一番目立つ位置に鎮座する鬼瓦は格別で美術品のようなその文様は高評価を受けているものも少なくない。古くは釉薬を使用した技法と素焼きの技法があったが昨今では釉薬を用いたものに出会うことが多い。

 そもそも屋根葺き材料に瓦が利用されるようになったのはいつの時代なのであろうか。ときは紀元前千年から八百年ごろの中国が発祥のようで、その頃から公共建築物や貴族や王族の建物の屋根を守る為に利用されていたと伝えられている。もっともその頃の瓦といえば現代風の重厚な造りの瓦ではなく、平たい板瓦であったようで瓦同士の継ぎ目の上に更に瓦を敷き詰めるような葺き方であったようだ。瓦の表面には縄文文様を持ち棟瓦の下部には楔型の瓦釘と呼ばれるものがあり、これが屋根を押さえ込む役目を担っていたようである。

 古代中国であってもこの瓦が発明されるまでは茅と土を混ぜ合わせた泥屋根が主体であったようで、その重量比は相当な違いがあった。泥屋根を塗り重ねれば遮水性能は上昇するが重量自体が非常に構造体(ここでは木造の梁や柱)に掛かり、柱や梁の断面寸法は非常に大きなものであったようでそれを証明するように柱脚には立派な石が鎮座していたようで荷重の掛かり具合が想定される。

 中国の殷時代(紀元前17~10)の王宮を復元したものはその時代にしても似つかわしくない屋根や壁が泥塗りで非常にみすぼらしいものであったようだが、さすがに王宮なのであるから礎石を置き支柱を設置していたとの文献や非常に精密な青銅器を鋳造する技術もすでに構築され国家においては熟練工に事欠かぬ時代であったことから建築技術は馬小屋程度であるとは到底看過出来ないものである。

 こうして長い間、屋根を防護する瓦は板瓦から平瓦になり広く中国の一般家庭に普及したのは戦国の世であったという。その頃の瓦といえば文様は獣などを表すものや文字など多岐に渡るようになっていった。漢時代には複雑な文様または更に発展した装飾も入り、著名なものでは四神を題材にしたものなども屋根先を彩るようになっていった。

 ところは変わり飛鳥時代の日本では大陸より伝来した瓦技法により寺社建築に用いられたようである。日本で現存する最古の瓦といえば元興寺のものといわれており現在でもその機能は衰えていない。

 寺院のみに利用されていたことからも宗教的意味合いも含ませていたことが伺える。
 日本では奈良時代に、近畿地方を中心に伝来した仏教文化と共に日本中に伝来されていった。特に寺社仏閣を構成するには必須の部材であったようで、実用品の様相を備えながら技術者不足による製品不足などさまざまな問題の多い部材となっていったようだ。(現代では生産する会社も少なく非常に苦慮していると思われる。)

 屋根の棟を飾る鬼瓦は安土桃山時代から見られ総称して棟瓦と呼ばれている。中には金箔を施した棟瓦など瓦職人の高度な技術が垣間見られる。防火性能に優れた瓦は江戸時代になると幕府の後押しもあり広く一般に普及することとなった。
 現代では焼成した瓦のほかに銅などの金属を素材とした瓦やスレート瓦など多種多様な製品が開発されている。

 個人住宅などではまだまだ活躍の場があると思われる瓦。このような経緯で日本住宅の屋根をまもってきた瓦を推奨するのもいいかも知れない。
 瓦の生産量を見れば年々減少傾向にあるが今一度、瓦の重厚感や和風住宅への登用など一考していただきたい。

質問 Oct 29, 2016 公開 提案 事務局 (13,170 ポイント)

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